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大阪地方裁判所 昭和31年(ヨ)1157号 決定

申請人 錦タクシー株式会社

被申請人 大阪自動車労働組合錦タクシー支部

主文

被申請組合は、被申請組合に所属しない申請会社従業員(錦タクシー労働組合員を含む)が、申請会社所有の別紙第二目録記載の営業用自動車七輛及び自家用車一輛を使用して就労のため別紙第一目録記載の申請会社構内に出入することを、実力を以て妨げてはならない。

但し右の禁止は、言論による説得並びに団結による示威に及ぶものではない。

(注、保証金十万円)

申請の趣旨

一、別紙目録記載の土地、建物に対する被申請組合の占有を解き、これを申請会社の委任する大阪地方裁判所執行吏の保管に移す。

一、執行吏は申請会社の申出があるときは、申請会社に対し右土地、建物の使用を許さねばならない。

一、被申請組合は被申請組合以外の申請会社従業員が右土地、建物に出入し又は就業することを妨害してはならない。

一、執行吏は前各項の目的を達するため、被申請組合に対し右土地、建物より退去を命じ、且つその立入を禁止することができる。

一、執行吏は前記保管並びに立入禁止を公示するため、適当な方法を採らねばならない。

理由

当事者双方の提出した疏明資料により当裁判所の一応認定した事実関係並びにこれに基く判断は次のとおりである。

一、争議に至る経過

申請人は肩書地に本店を置き営業用自動車二十輛を有し従業員約七十名を以てタクシー業を営む会社(以下会社という)であり、被申請人はその従業員中運転手三十名を以て組織する労働組合(以下組合又は第一組合という)で、昭和三十一年三月十一日に結成されたものである。従来会社には労働組合はなく、昭和三十年九月頃従業員間に組合結成の気運が起りその準備を進めていた際にも、会社側の提案による班長制が実施され組合の結成をみるに至らず推移し、昭和三十一年三月上旬に至り従業員中三十数名が一旦大阪自動車労働組合に個人加入した上、漸く同月十一日同組合の支部労組として組合の結成発足をみることとなつた。従来会社の就業規則によれば、運転手の勤務は始業午前七時三十分、終業翌日午前一時三十分その間適宜二時間を休憩とする実働十六時間の隔日勤務とし、週一日の公休日の前日は終業午後十二時と定められ、さらに「従業員がその意思により時間外又は休日に労働しようとするときは、予め所定の書式によりその旨を申出て所属長の承認を得るか事後速かにその手続をしなければ、時間外又は休日労働と認めない」(第十六条)と規定してあるところより、従業員が現実に時間外労働、休日労働をした場合にも、その間の運賃収入に対し所定の歩合率による歩合給を支給するのみで、労働基準法(以下労基法という)所定の割増賃金を支給せず、又深夜割増賃金については、その算定の基礎となる賃金中に当然算入すべき無事故手当、皆勤手当等を算入しないばかりか、実働した時間外深夜労働に対しても深夜割増賃金を支給していなかつた。そこで組合は結成後直ちに会社に対し、右時間外、休日及び深夜労働の割増賃金の爾後における労基法規定どおりの支給、過去二年間における右割増賃金の完全支給、設備の改善等を要求し、数次の団体交渉を重ね、昭和三十一年三月二十日会社との間に時間外勤務については、終業時刻の手前一時半までに一旦自動車を入庫し運賃収入を会社に納入し、その後時間外勤務を希望するものは会社に申出てその承認を得て時間外勤務に就くこと、時間外労働時間の算定については右入庫以後の運賃収入三百五十円について一時間の割合で計算すること、これを同月二十一日より実施することについて協定が成立し、次いで同年四月十三日運転手の終業時刻を一時間繰下げ午前二時三十分とし休憩時間を一時間半増す協定が成立した。しかし、既往の時間外、休日及び深夜割増賃金については、組合は不足分として平均一人当り五万四千八百九十円を要求するに対し、会社は前記三月二十日の協定により算定方法に準じて試算すれば既払の賃金で殆んど過不足なしとなし、意見の一致をみず、又右協定後時間外勤務が殆んど行われなくなつたことによる賃金低下に対し組合はさらに歩合給の改善等を要求し、その間第三者を介する斡旋も試みられたが功を奏しないまま同年五月十九日に至り、会社は最終案として基本給(日給、歩合給)の七分増給(月額平均一人当り千五百二十円)及び制服上衣夏二着、冬一着)の支給、既往の割増賃金請求権の抛棄を提案したが、組合は右提案を拒否するとともに、同月二十一日要求貫徹を期してストライキに入つた。ところで同年四月上旬頃第一組合に属しない従業員中二十五名を以て錦タクシー労働組合(以下第二組合という)が結成されていたが、同組合は同年五月二十日頃会社が第一組合に対しなした前記提案と同一内容の提案を受諾している。

二、争議行為の状況

組合はストライキに入ると共に総評並に組合本部の応援を得て別紙目録記載の会社所有の営業所入口の内外に組合員、応援者等でピケラインを張り、入口の網戸を辛うじて人の通行し得る程度に狭めて閉鎖し、入口内側附近に数個の石を置き、組合員、応援者等は時にスクラムを組み労働歌を高唱して気勢を挙げ、一部は入口の内側横に張られたテント内仮眠室内に待機して場合により要所に随時ピケを集中強化し得る態勢を整えている。会社役員、非組合員である宿直者、会社構内居住の第二組合員の出入は概ね自由であるが、ストライキ突入の翌五月二十二日には就労のため前日より会社構内に入つていた第二組合員の一部の者が多数の第一組合員等によつて社外に押し出され、同年六月五日には直接ピケラインをめぐつての紛争ではないが、五月分の給料の一括支払を要求する第一組合員と出社していた会社の坂東専務との間に紛争が生じ、会社入口前路上において第一組合員の一部のものが坂東専務に暴行を加えたとみられるような行為が発生した。会社は組合がストライキに入ると相前後して、構内に駐車中の会社所有の営業用自動車二十輛の鍵並に検査証を取上げ保管し車輛の保全を図つたが、組合の前記のような入口閉鎖により、自動車の稼働は入口を実力で突破しない限り事実上不能の状態に陥つている。第二組合員その他の非組合員は実力行使による第一組合との紛争惹起を回避してピケラインの強行突破を企図しないため、ピケラインをめぐつて第二組合員非組合員との間にはさしたる紛争を生じていない。ストライキに入つて後も、組合は既往の割増賃金の支給を中心として団体交渉を続けているが、会社は組合幹部の解雇承認を妥結の前提条件として持出したため、団体交渉は一向に進捗せず、組合は前記の態勢を保持したままストライキは漸く長期化の形勢にある。

三、争議行為の当否について

組合のスイライキ中といえども、使用者たる会社は著しい協約違反又は操業に名を藉り専ら組合の団結権侵害を目的としてスト破りを使用する等別段の事情の認められない限り、組合のストライキに対抗して、組合の統制外にある従来の従業員又は代替労務者を使用して操業を続行し企業を防衛することは、権利の行使として許されなければならないし、一方組合においても、これに対し集団的ピケッティングによりストライキ中の会社の操業に関与して来るものに対し、会社えの出入につき言論による説得乃至団結による示威の方法によつて事実上阻止するに至らない限度において働きかけ会社の操業に打撃を与えることは、これ又組合に与えられた争議権の行使の正当な範囲に属する。しかしながら、組合において会社の合法的操業に対し右の程度を超えたピケッティングにより会社の操業関与者の出入就業を完全に阻止することは許されないといわなければならない。

これを本件に即して考えてみるのに、会社が第二組合と相呼応して専ら第一組合の団結権を侵害する目的で、操業に名を藉り第二組合員によるスト破りを企図しているものとも認められず、又会社による自動車の鍵、検査証の保管も、車輛保全の目的であつて、会社において操業の自由を抛棄しているものとも考えられない。このような状況の下において、前記のとおり組合が会社の入口を網で以て閉鎖し附近に石を置いて会社構内に駐車している会社所有の自動車の第二組合員による出入を阻止していることは、叙上のピケッティングの適法な限界を逸脱した行為と認めざるを得ない。

四、仮処分の必要性及びその程度について

(1)  出入妨害禁止の必要性

前記のような越軌行為が現存し、将来も継続されるおそれのある本件においては、会社としては、本件営業所の建物、敷地等の企業所有権に基いて、組合のかかる違法な妨害行為を排除できるとともに、かかる違法な妨害行為の継続される危険性を緊急に排除する必要性の存することも明らかである。組合と第二組合員その他の非組合員との間にはピケラインをめぐつてさしたる紛争は生じていないが、それは前記のとおりこれらの者がピケラインを張る第一組合員応援者との実力抗争による紛争を回避し、ピケラインの強行突破を企図しないことによるに過ぎないから、これまでの間に紛争の生じていないからといつて仮処分の必要性がないということは当らない。

(2)  出入妨害禁止の程度

(イ)  組合の会社に対する要求の主要なものの一は、過去二年間における時間外、休日及び深夜労働の割増賃金の不足分の支給であるが、この既往の分につき前記三月二十日付協定の線で計算するとの諒解が労使間に成立しているとの会社側の見解を認めるに足る資料はなく、又組合の要求する一人当り平均五万四千八百九十円が妥当なものであるかどうかについては、これを詳にする資料も提出されていないけれども、少くとも会社において過去二年間就業規則所定の終業時刻以後の実働労働に対し時間外並に深夜割増賃金の支払われていないこと、及び支払われた深夜割増賃金についてもその算定の基礎となる賃金中に当然算入すべき無事故手当、皆勤手当等を算入していなかつたことはこれを認め得るのであつて、会社の主張するとおり既払の賃金で殆んど過不足なしとすることは計数上相当疑わしいと認めるの外ない。会社は従業員において就業規則所定の手続を採らなかつたため、終業時刻以後の実働労働に対する割増賃金を支払わなかつたと主張するが、会社において右労働を積極的に禁止する措置を採らず、むしろある場合には運賃収入を高めるため時間外労働を要求した形跡も窺われるにおいては、右を以つて支払拒否の正当の理由とは認め得ない。

(ロ)  会社は組合がストライキに入る前後を通じ組合主導者の解雇承認を交渉妥結又は団体交渉の前提条件として要求したことが認められ(但し最近ではこの点を撤回している)、さらに組合との団体交渉においても、組合の要求する割増賃金算定の基礎についての資料の提出に努力せず団体交渉を多少回避した傾きあり、争議解決への熱意を欠くとみられても已むを得ない。

(ハ)  タクシー営業のストライキにおいては、代替労働力の獲得が比較的容易であるとともに、生産的企業において一人の代替労働者を以てはいくばくのこともなし得ないのに比し、一人の代替労働者を以て一輛の自動車を稼働し得る。

(ニ)  会社の従業員中第一組合員三十名(全部運転手)に対し第二組合員は二十五名(内運転手十六名)であり、運転手の就労は実働十六時間隔日勤務の関係から、一車輛相勤制が採られている。

以上(イ)乃至(ニ)の諸事情に、前記本件争議に至る経過並に争議の現況等を綜合して判断すれば、本件争議の現段階において会社所有の全車輛の稼働を可能ならしめることは、組合の争議行為を全く実効なからしめるに等しいに反し、会社側は争議によりなんらの痛痒打撃を受けないという事態を招来し、惹いては組合の団結権の保障を危くするおそれも予測されるので、本件においては第二組合員が第一組合の争議突入前に専用又は第一組合員と共用していた営業用車輛の内別紙第二目録記載の七輛及び自家用車一輛を使用して第二組合員及び非組合員が就労のため本件営業所構内に出入することを妨害する限度においてその妨害を排除する仮処分を許容するのを相当と認める。

(3)  会社構内の敷地及び建物の執行吏保管並に立入禁止について

組合が争議に入つてから本件営業所入口にピケッティングを張り、同出入口附近の構内片隅にテントを設け組合員並に応援者がそのテント内に待機していることが認められること叙上の通りであるけれども、会社役員、非組合員たる宿直者、構内居住の第二組合員の構内への出入りは概ね自由であり、構内に駐車中の会社所有の自動車二十輛の鍵並に検査証は会社においてこれを保管していることも叙上の通りであつて、本件営業所構内の占有が完全に組合側に移行しているとみるよりは、寧ろ組合がそのピケラインの延長として構内敷地の一部だけを会社の占有と競合して占拠しているものと考えるのが相当であるばかりでなく、組合側のこの部分に対する占有を排除することは、組合の集団ピケの一拠点を失わしめる地理的環境にあるから、組合に会社所有の建物、車輛に対する破壊的意図の存することも認められない争議の現況において、会社構内の敷地につき組合の占有を全面的に排除して執行吏保管とし組合の立入禁止を求める部分は、未だその必要性を認めない。

五、結論

以上の次第であるから会社の申請を主文表示の限度で許容し、会社に保証として金十万円を供託させた上主文のとおり決定する。

(裁判官 木下忠良 戸田勝 日高敏夫)

(別紙省略)

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